昭和天皇の戦後の御製(ぎょせい)。
その中で、「君主」としてのご自覚が率直に表されているものに、
昭和41年の新年歌会始にご発表になった1首がある(お題は「声」)。日日のこの
わがゆく道を
正さむと
かくれたる人の
声を求むる昭和天皇は、「天皇」として、又「国民統合の象徴」としての
日々のお務めに、誤りや至らぬ点は無いか、ご自身で厳しく反省を
重ねておられた。常日頃、側近の者達の意見を聴かれるのは勿論(もちろん)だ。
それでも、なお足らない所があるかも知れない。
だから、地位や名誉とは無縁な市井(しせい=巷〔ちまた〕)の、
目立たない人々(「かくれ〔隠れ〕たる人」)の“真実の声”にも、
心を澄ませて耳を傾けたいーという、ご自身の「お務め(わがゆく道)」
に対する謙虚で真摯なお気持ちを歌われている。これこそ、「君主」という高い地位にあられるが故に、一層、
心掛けられるべき誠実なご態度に他ならない。
にも拘(かかわ)らず、普通の場合、地位が高くなればどうしても、
驕(おご)りや高ぶり、緩(ゆる)み、弛(たる)みが生まれがちだ。まして、「世襲」の君主となれば、尚更(なおさら)だろう。
ところが、昭和天皇はそうではなかった。
その事実は何より、「君主」としての責務を背負い続けられた、
高貴なご生涯そのものが証明している。【高森明勅公式サイト】
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